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徒然処。
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保管庫の短文に和洋折衷26題、

 11 くちづけキドニーブロゥ
 12 罪人ライセンス
 13 贈賄ミッション

をアップ。
あれもしかしてこれで半分?まだ半分??あれれ?みたいなかんじですが、気儘更新なのでまぁいいです。そんなこともあります(何)。
今回は全部自作の素材を使ってみました。最近あっちのブログでテキストを書いていなくて、すっかり写真メインになってしまったので、折角だからそこで公開したものを使おうじゃないか、ということに。素材サイトの件はまだ迷ってますが、大量になった画像ファイルの整理整頓がてらするのも悪くないですよね。でもまとまったじかんがないと出来なさそう。そしてまとまった時間があったら他のことをやりそう(...)。

最近はやたらと時間が勿体なく感じてます。タイムイズマネーだなんてうそうそ。時間程惜しいものはない。数時間単位で考えて感じて行動するのが最近のあたしだったりします。
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最近は精神状態の浮き沈みが激しくて、いろいろと限界に来ていたりしたのですが、まぁオフの帰省で何とか回復しました。しかしオフ5日間だなんて短すぎるだろう。春休みは無駄に2ヶ月以上もあると云うのに!
結局更新出来る状態でもない儘今日まできてしまったので、取り敢えず生存記録を残しておこうかと思います。うん、きっと賢明な心懸けだわ。
大分復活してきたのでまたテキストでも書きたいです。それか軌跡もそろそろ書いてみようかと。。後ろ向きになっている余裕はなかったけれど、前向きになるための土台だと思えばそれはそれでいいんじゃないだろうか、なんて。
トップ頁に新たにコンテツ『思考回路』を追加。

『escape』と云う名で新たにブログを新設してみました。ブログの方が気楽に更新出来るかと思って。どんな趣旨なのかは現物を見て頂いた方が分かると思います。何て云うか・・・逃避という名目なのにアンチ逃避をしようという、矛盾した行動をしでかしております(...)。
何かね、世の中の現実問題を少し真剣に考えてみようかなと思いまして。いつもは逃避しているフィクションまみれの文章ばかり書いていたのですが、実際自分は何を考えているんだろうって、自分自身で把握出来ていないことが沢山あるんです。それを少しでも表現ていうかたちで顕してみようかな、と。
このサイトにリンク貼ろうか迷ったのですが、此処のブログとの関連も自分的には少しあるので、此処をより深めるっていう意味で繋げてみました。ただでさえ少ないコンテツのサイトなので、いまいち分岐の仕方が分からないのですが(汗)・・・そのうち整理出来たらしようと思いま・・・す。で、できるのかなぁ(無駄に几帳面なのに自分の部屋はきたないA型)。
保管庫の短文に和洋折衷26題、

 07 きまぐれジーニアス
 08 妖艶ヘムロック
 09 臆病イカロス
 10 浴室ジャーゴン

をアップ。
ものすごい久し振りの創作短文更新です。お題をいい加減消化しないと気になっている他のお題に手を付けられないので(苦笑)。とは云え結構やけくそな更新なんですが。現実逃避なのは分かってますよー。
こまごま更新できたらいいんだけど、どうも不定期になりがち。でも久し振りにつらつらと言葉並べて楽しかったです。写真ブログの方は相変わらず日々更新してますので生存確認はそちらで。
森博嗣の作品で、真賀田四季が登場するときよりも恐いものはない。真の天才が如何なるものか想像出来なかった私たちにそれを突き付けた、彼の表現力やちからは凄いものがあるけれど、そんなことすら忘れる程に、小説の中の彼女に圧倒される。恐怖?畏怖?羨望?憧憬??いろんな感情が全て同時に存在して混乱する。どこか冷静な自分もいるのは普段と同じ。だけど、あたしを構成する全ての人格に影響が及んでいる。

初めて読んだ森博嗣の作品は『すべてがFになる』。この時にあたしは心の底から驚愕した。そして感動した。犀川という人格形成の媒体資本が、高校の時に悩みに悩んで辿り着いたあたしの中の答えに、とても近かったから。当時のあたしの意識は和泉八雲に持ってかれていた。大学生になって、情報の知識も少しだけ身に付けて、森博嗣が少し読める様になって、そして漸くここまで辿り着いた。嬉しいとか、感慨とか、そういったものはごく一瞬で消え去る。ここが答えではないからで、それ以上のものをあたしの精神自体が貪欲に求めているからだ。

課題の提出期限が近いとか、試験が近いとか、そんなものはどうでもよくなる。そんなものと言い切れる位に、今のあたしの中での優先順位と価値は決まっているから。
あけましておめでとうございます。
今年は何か飛躍の年にしたいけどもきっと地味に過ごすだけだと思う。
クリスマスモード一色ですね。
あたしは最近なかなかの酷なスケジュールだった為、実家に帰省した今はただのんびり過ごすことに精を出しています。のんびりするのに精を出すのか?と思われるかも知れませんが、意外と難しいんですよ、暇な時間を如何に暇に過ごすべきかって。いろいろとやるべき事は思いつくんですけど、あたしの場合は実行に移すことが困難です。計画通りに事が進んだ試しがありません(痛)。今日も馴染みの美容室で髪を切ろうと思ったけれど、結局雨で行く気になりませんでした。だったら積もりに積もった課題を片付ければいいものの、そうなるとまた行動出来ない。嗚呼。

最近友人に勧められて読んでいる森博嗣の作品で、今まで考えていても言葉に出せない、説明出来なかったことがわんさか出てきて感嘆というか、感動というか、圧倒というか、まぁ、いろんな衝撃を受けています。あたしは洗練された作品にぶち当たると、自分自身の作品意欲が低下する、或いは何も出来なくなる傾向にあるので、しばらく何も書けそうにないです。年賀状も描かなきゃいけないのになぁ。嗚呼。
しまったまたうっかり放置してしまった。
毎日何記事も更新しているメインのブログとは違って、こっちは何て云うか、あまり表に出さないでひっそり主張したいこととか、ふと考えが巡った時とかに何となく更新出来たらいいかなぁ的になっています。コンテツも少ないしね。写真のコンテツ作ろうか迷ってたけど、それはそれでまた独立させてしまう気もします。うん、ひっそり運営でいいんじゃないか。もうすぐ少し休みに入るし、その時にテキストアップ出来たらいいな。
此処のサイトのみ観覧している方で、お前ほんとうに生きているのかと思った時には 此 処 から生存確認してやってください。毎日何とか元気にやっています。

どうでもいいことですが、ストイックな人を上に持つ組織はなかなか付いていけません。突然予定を組み込むだなんて理不尽すぎる。クリスマス会を企画してたのにー。折角幹事になって独断と偏見と自分の都合で日程組んで合わせて貰ったのにー。
ひねくれた性格って、結構不便だと思うんです。自分自身に反発しているから周囲の環境に上手く熔け込めないし、出来たとしてもそれは上辺を上手く塗り固めて作り出したイミテーションにしか過ぎないし。何かを得る為に犠牲にすることが余りにも多すぎて本来の目的を失ってしまう。分からなくて必死になって、空廻って、結局は。
卑屈になるのは何よりも厭で、弱いところも見られたくなくて、でも叫びたくて、堪えて、の繰り返し。
でもそんなのって誰にでもあることであって、対して“特別”じゃない。大したことないんだって、今までも思ってたし、多分これからもそう。リスカをする人、自殺をする人、話題に上っているけど、でもそれって自分の辛さの表現が他の人と少し違うだけだと、あたしは思ってます。同情を買いたいから公表しているような、そんな気さえしてくる。みんな辛いことはあるし、リスカ歴とか、トランキライザーとか、そう云う経験をしていても、敢えて内に留めておく人だって多いんです。経験によって学んでいるからこそ。
知って欲しい。どんな経験をしていても、今を強く生きている人達がいることを。同情されるだけで満足してしまう人にも、もっと強くなって欲しい。叱ることを忘れた人間の世界になって欲しくはないの。
あたしはどちらかと云うと、他の人と意見が一致しないタイプです。
と云うか、自分自身の考えを導き出せない傾向にあります。ひとつの問題に、何通りもの答えが同時に出て来て、どれが自分の本心からの答えなのかが分からなくなる、というどうしようもない性分。あたしはとある教授曰く『完璧主義』らしいので(笑)、自分で作った答えに対しても其れに対する反論を思いついてしまい、納得の行く答えがいつまで経っても出ません。それはそれでとても困ってはいるのですが、今回主張したいのは、反論点を見付けてしまう癖の方にあります。
自分自身のだったらいいんです。自分が納得するまで他人に迷惑掛けずに勝手にやっていればいいだけだから。でも、他者の意見とならば話は別で。しかも団体競技に所属していたら尚更分が悪いわけで。あたしはいつも、チームの状況に、上の人達に、意見を述べる同じ歳のコに、矛盾点を感じられずにはいられない。ひねくれた性格故なのかは分からないけど。確実に分かっていることは、その矛盾点を指摘してしまったらあたしはそのチームに居られなくなるということ。その意見は一部の人間には受け容れられても、おそらくチームの人間には受け入れられないものだから。それこそ高校時代の二の舞になってしまう。あたしは高校時代に、ずっと続けてきたスポーツを辞めていた時期があって。その時は完全にあたしだけ意見が異なっていて、チームの人間と顧問には理解されない主張内容でした。周囲の大人とか先生とかには理解されていたけれど、チームの固定概念は頑なに守られて、結局は理解してくれる大人が顧問の、別の部活へ移ることに。
特に最近はその傾向が強くて辟易しています。自分、部活、両方に。当然本音は隠し通している訳だから、そのことにも疲れるのは当たり前。結局精神的には上手く立ち回れない。分かってるから余計に、莫迦な性分。取り敢えず上手いこと立ち上がるまで、少し様子見ます。どうせそう簡単に直せるものじゃないんだから、ね。